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    昔がたり-上海物語

    2011'05.17 (火)

    上海物語(1)

    畑の隅に春菊の花が…私の母は、上海育ち。
    国交回復した中国の、
    上海の町並みがテレビに映ったとき、
    母は静かに「あぁ。」と言った。

    母が小学生のとき、
    父親(私には祖父)の仕事の関係で、
    一家は中国に渡った。
    上海は貿易都市で、モダンな町だった。
    租界があり、外国人がいっぱいいた。
    父親の交友範囲も中国人、
    イギリス人、アメリカ人、ロシア人、その他。

    家にはインド人の守衛さんと、
    中国人のメイドさんがいた。
    当時、満州と違って上海は、一応、中国人の主権国家「中華民国」の一部。
    隣人として、現地の人とも普通にお付き合いができた。
    母に見えていた範囲のこと、ではある。

    日本租界の女学校では、中国語の授業があった。
    先生は、中国人の特権階級のお嬢さんが、びかびかのチャイナドレスでやってきた。
    いつの時代も、女学生はいたずらが大好きだ。
    「ネンチンプーライ、ネンチンプーライ!」みんなではやし立て、
    クーニャン(中国娘)は顔を真っ赤にして怒り、授業をやめて帰ってしまう。
    女学生たちはそれが目当てで、何度もやった。
    悪口を言うとき、母は今も、時々中国語を使う。
    「マーラカッピソーニー!」相当汚い言葉らしい。
    何を言っているのか、相手にはわからないからね。

    (つづく)
    年取った母の思い出の聞き書きです。
    記憶違いや昇華された部分もあるかと思います。
    各位、失礼の段がありましたら、ご容赦ください。
    ★最後まで読んでくださってありがとうございます。
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    15:00  |  コメント(2)  |  トップへ  |  EDIT

    Comment

    なんかお母さんの思い出を書き綴るのステキ!
    おはなさんの文章もあったかくて好きだな~
    cotty   
     2011年05月17日(火) 22:02 | URL | コメント編集

    ★cottyさんへ

    いつもコメントありがとう。
    その一言、とってもうれしかったv-344
    おかげで検査もがんばれましたよ。
    cottyさんがピンチを救ってくれること多いね。
    おはな   
     2011年05月24日(火) 22:47 | URL | コメント編集

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