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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2013'02.07 (木)

    仲ちゃんの話-五色の椿(4)

    コウゾウさんちの玄関脇には、五色に染め分けられた見事な椿の大木が一本ある。
    紅、白、ピンク。白に紅の絞り、ピンクに紅の絞り。
    この花は、普通の椿のように花が丸ごと落ちることはなく、
    一枚一枚の花弁がハラハラと散り敷くので、
    その名も「五色八重散椿」(ゴシキノ ヤエノ チリツバキ)という。
    加藤清正が朝鮮半島から持ち帰り、豊臣秀吉に献上した椿の木の子孫だ。
    いいものなんだよと、おじさんが自慢していたが、真偽のほどやいかに。
    100仲ちゃんは、おばさんのお汁粉を、おなかいっぱい食べ終えると、
    美しい花を開き始めたその椿の木の、横を通り抜けて、家へ帰って行った。

        寒鮒釣りというものは、おもしろい遊びである。
        寒の間ずっと、飲まず食わずで湖底に潜む鮒の群れ。
        その鼻っ先にうまいことミミズが当れば、
        魚と釣人との駆け引きが始まる。
        魚は思わせぶりに、さんざミミズを突っついた挙句、
        まんまと針に引っかかり、手繰り寄せられ、
        さあ引き上げられるかと思いきや、
        今度はツツゥーッと横へ逃げる。
        
    尺鮒こそめったに上がらないが、鶴池には、八寸を超える鮒がぞろぞろ居た。
    鮒は塩焼き、煮付け、天ぷらなどが美味い。昔の人は食わないものは釣らない。
    あの猫間障子の部屋のコタツで、神田と赤羽と世田谷の三人姉弟が、仲良く、
    鮒の塩焼きを突っつきながら、地酒「谷乃井」の熱燗を酌み交わしている絵を
    想像してみて欲しい。五日ぶりに帰ってきたおじさんも加わって、
    一人息子のコウゾウさんは、新しい共同事業の話に、さぞ花が咲いただろう。

    椿が満開になった頃、コウゾウさんは東京へ発った。
    そしてすぐに商売もうまくなって、こっちの親戚からかわいいお嫁さんをもらった。
    ほどなく、神田の繊維問屋をコウゾウさんが切り盛りできるようになると、
    おじさんは早隠居して、恋女房の居るこっちの家に常住するようになった。
    そのうちに段々と東京は空襲が激しくなり、商品の繊維の流通自体が停滞して、
    コウゾウさんは妻を連れて、こっちへ引き上げて来ることになった。だから。
    この家が一番にぎやかな最盛期を迎えたのは、かえって、あの大戦中であったのだ。
    クローバーライン
    かれこれ、70年ほども前の話である。
    今はもう住む人のいなくなった、この屋敷のとば口に、椿は今も立っている。
    樹勢はだいぶ衰えたが、その艶やかな五色の花がほころび始めると、
    仲ちゃんは想うのだ。
    だいじょうぶだよ、おばさん、心配はいらない。
    ほら、寂しいのは、ほんのいっときだけだったでしょ?

    (「五色の椿」はおわり)
    昔がたり 昭和初期 小学生仲ちゃんの話。
    通常の記事更新の合間に、ゆっくり書いて行こうと思います。
    仲ちゃんの話はまだ続きます。のんびりお付き合いください。

    前後の話は、カテゴリ「昔がたり」でまとめて読めます

    【追記】200
    掲載した絵画の説明を少ししますね。
    「名樹散椿」
    速水御舟の作
    紙本金地彩色屏風(2曲1双)
    寸法167.9x169.6
    (昭和4年)院展出品
    (昭和52)重要文化財指定



    右の写真は絵のモデル、京都地蔵院の「五色八重散椿」です。
    御舟が写生した当時、樹齢400年程の老木でしたが、
    現在は枯れて、同じ場所に二代目の木が植わっています。
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2013'01.31 (木)

    仲ちゃんの話-五色の椿(3)

    椿イメージ「仲ちゃん、お汁粉食べてかない?」
    と神田の叔母さんが言った。

    鶴池を望む広い座敷には、
    組子細工の猫間障子がはまっていて、
    一間幅の回り廊下に
    小振りなイスとテーブルが置いてある。
    掃き出しの分厚いガラスの前に立つと、
    ゆらゆらと、広い芝の庭の向こう、
    土居(盛土の塀)の植木越しに、
    叔父さんたちが今まさに
    寒鮒と格闘しているのが見えた。


    大島を着てお汁粉を運んできたおばさんは、椿の花のように美しい。
    と仲ちゃんは思った。
    そのおばさんが、正面に座ってまじまじと見ているもんだから、
    餅がつっかえてゲホゲホなるのを、また、優しく撫でてくれる。
    仲ちゃんはミミズのように赤くなったり白くなったり、忙しいことだ。

    「仲ちゃんあんた、うちの子にならない?」
    「コウちゃんはね、春になったら東京へ行っちゃうんだよ。」

    唐突な申し出に、仲ちゃんはますます激しくむせながらも
    おばさんの気持ちが、なんとなく分かった。
    コウゾウさんは神田の繊維問屋の一人息子だから、
    商いを本腰入れて習うためには、いずれ
    東京に居を移すことになるのが自然の成り行きだ。
    おばさんはこの家に取り残されてしまう。
    おじさんは今までどおり、週末には帰ってくるが、
    若いコウゾウさんはそのまま東京に居付くだろう。
    やがて所帯を持てば、東京の人になってしまうに違いない。

    おかわりをよそりに立ったおばさんの後姿が、仲ちゃんにはせつなく映った。

    クローバーライン

    組子障子イメージ  猫間障子イメージ
    さて、文中の組子細工(クミコザイク)とは、
    釘を使わずに木と木を組み合わせて
    様々な幾何学模様を表現する技術で作られた装飾的木製品です。
    江戸中期から山武杉の産地である山武市周辺でも盛んに作られ、
    障子や欄間などの建具に組み込まれました。(上総建具という分野)
    猫間障子(ネコマショウジ)とは、
    障子の一部に、左右に開閉できる小さな障子を組み込んだもの。
    元は、通気や猫が出入りできるようにするための細工ですが、
    現在は小障子の部分にガラスをはめたものが一般的です。
    またこれとは別に、上下にスライドして開閉するものは、雪見障子と呼びます。
    組子細工も猫間障子もちょっとした贅沢品。裕福なコウゾウ家ならではです。

    (つづく)
    昔がたり 昭和初期 小学生仲ちゃんの話。
    通常の記事更新の合間に、ゆっくり書いて行こうと思います。
    気分が乗ってきたら毎日更新になるかも?…わからないです。
    のんびりお付き合いください。

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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2013'01.26 (土)

    仲ちゃんの話-五色の椿(2)

    鮒は、寒に入ると湖底に淀んでものを食わなくなるので、泥臭さが減って美味くなる。
    鶴池につないであるコウゾウさんちの船は、
    大きさが畳二枚ほどで、底の平たい四角い船だ。
    三人は、仲ちゃんの用意したミミズを二段の釣箱の下の段に入れ、
    新聞にくるんだ少しの酒と、肴の入った重箱を叔母さんから受取って、
    鶴池の中ほどまで来ると、竿を静かに湖底に突き差して、船をとめた。
    鮒屋
    「そっちはどんなあんばいだい。」
    「こないなあ。」
    「いや、繊維だよ。」
    「ああ。悪くないみたいですよ。叔父さんのとこはさ。」
    「まあまあさ。もうじきもっと、物が動くようになるぞ。」
    「そうだな。」「うんうん。」

    コウゾウ青年は、
    すでに家業の繊維問屋を手伝って、神田と行き来していた。
    シナ事変勃発から数年。戦時の気配はあるがまだ対岸の火事。
    叔母さんが用意してくれた重箱には、数の子やら昆布巻きやら、
    裕福な食べ物がそこそこ入っている、まだそういう時勢だ。
    そんなものをつまみながら、タバコなんかふかしながら、半日さっかい船の上。
    小料理屋のタケや、写真館のキクオちゃんや、近辺の好奇心の強い子どもらが、
    時々チョロチョロと対岸に出てくるのを、シッシと手を振って追っ払う。

    竿は竹製の五段の入れ子式で、いちばん手もとの節には小さな象嵌が施してある。
    糸は天蚕糸(テグス)という半透明の野生種のカイコの糸で出来ている。
    ミミズを刺して鉛をつけて沈め、船の竿掛けに三本ずつ並べた竿の、
    糸の先の箸のような細長い浮きが、ひとつだけ縦にチョンチョンと動いている、
    それをさっきから三人はじっと見つめていた。
    不思議とアタリは三人いっぺんにやってくるものだ。
    「まだか。」
    「まだまだ。」
    「まだだ。」
    食いつきの悪い寒のさなか。湖底に潜む鮒との駆け引き。
    美味いとわかっている魚。猫のように慎重な三人。
    そして次の瞬間、浮きはスポッと水中に消えた。

    (つづく)
    昔がたり 昭和初期 小学生仲ちゃんの話。
    通常の記事更新の合間に、ゆっくり書いて行こうと思います。
    気分が乗ってきたら毎日更新になるかも?…わからないです。
    のんびりお付き合いください。

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    【追記】
    写真のお酒は、昨年末に一度ご紹介した清酒富翁 北川本家の鮒屋三右衛門です。
    平成24年12月28日の記事「京都みやげ備忘録-お酒編」
    江戸時代初期、宇治川沿岸で船宿を営んでいた鮒屋の三右衛門が副業で酒を作り、
    「鮒屋の酒」という銘柄で三十石舟で大坂へ、さらに江戸へ送られて
    東人(あずまびと)の舌をとらえたと伝えられています。
    三右衛門の酒は、船宿の客に供された濁酒のような酒だったのではなかろうか
    と想いを巡らしながら、これを書いています。
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2013'01.22 (火)

    仲ちゃんの話-五色の椿(1)

    椿 自由花作品春の待たれるこの季節。椿の美しい季節です。
    今年は寒さが厳しく、多少遅くなりましたが、
    我が家の近辺の山にも、真っ赤な美しい藪椿が
    ほろりほろりと、ほころび始めました。

    椿を見ると思い出すのがこの作品です。
    かなり昔の所属支部花展の出瓶作品(拙作)。
    写真を眺めていると、花材調達や制作の苦労を
    昨日のことのように思い出します。
    その話はいずれ後日に。さて今回は、
    仲(ナカ)ちゃんの思い出がたりの続編です。
    しばらくの間、稚拙な作文にお付き合いください。

    クローバーライン

    寒に入ると仲ちゃんは、
    コウゾウさんちの枇杷の木の
    根元のミミズを掘りに行く。
    コウゾウさんちの玄関脇には、五色に染め分けられた見事な椿の大木が一本ある。
    寒の最中にふくよかな花を開き始めるその椿の木の、横を通り抜けて裏庭に回ると、
    大きな枇杷の木があって太ったミミズがしっか捕れるのを、
    小学二年生の仲ちゃんは知っている。

    仲ちゃんの家のハナレから、裏木戸をくぐって左に出ると、
    荷車一台で幅いっぱいの七軒町小路(シチケンチョウコウジ)。
    父が下駄屋を営んでいる表通りとは反対の方向に向かって歩き、
    右手にお稲荷さん、左手に水門橋を見て、坂をのぼりきった向こうに鶴池がある。
    コウゾウさんちは、鶴池を南に望む湖畔にあった。

    神田の叔母さんは、父のすぐ下の妹。
    色白の面長で、器量を好まれて神田駿河台の繊維問屋に早くに嫁いだ。
    繊維問屋のあるじは、妻の実家近くの鶴池をいたく気に入り、
    湖畔に豪奢な家を建て、妻子を住まわせてそこから神田へ通った。
    コウゾウさんはその家の長男だ。仲ちゃんとは従兄弟どうしだが、
    仲ちゃんは末っ子だから、下手な親子ほどの年の差がある。

    さて、仲ちゃんの十人の叔父さん叔母さんたちの内、
    「赤羽の叔父さん」は、駄洒落が好きなサクい好人物。
    「世田谷の叔父さん」は、婿に行ったので苗字は違うが、
    名前を仲ちゃんと同じ仲太郎といい、だからかわいがってくれる。
    「神田の叔母さん」の息子、コウゾウ青年と合わせて、
    この三人は極めて仲がよかった。三人共通の趣味があるからだ。

    (つづく)
    昔がたり 昭和初期 小学生仲ちゃんの話。
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2012'09.04 (火)

    仲ちゃんの話-天神様(4)

    「ナカチャーン」
    今度はもっと、近くで聞こえたような気がした…。

    したとたんに そいつの
    口とおぼしき場所には 歯がむき出しになった 
    二つ穴の開いた鼻の上に みるみる 深く醜いしわが たたみこまれる 
    そいつの視線ビームは 二人の肩を通り越して宙をにらみ 
    メンタマが ボロリとこぼれんばかりに巨大になった 
    それはまったくもって すごい形相で 
    そして一声 するどい鳴き声をたてて 3メートルも飛び上がったのだ 
    蛇池の滝  蛇池の滝
    小学生二人の、ぶったまげようを、想像して欲しい。
    恐いと思っていたものが、どうやら言葉を理解するらしい、と二人は安堵しかけた。
    安堵しかけたとたんに、そいつが飛びかかってきたのだ。完全に虚を突かれた。
    言わずもがな二人は逃げ出した。いや、正しく言うと腰を抜かしてひっくり返った。
    胆の小さいキクオちゃんといっしょで、せめて良かった。
    二人で絡み、抱き合い、つんのめりながら、お互いに掴めるところを掴みあって、
    どうにかこうにか、そいつと反対の方向に移動できたから。

    「わああああ」「わああああ」
    泡を吹き、もんどりうち、やっと天神様の左まで出てきたところで、ドカン! 
    今度はヌリカベにぶち当たって、それを突き飛ばして二人もいっしょに大破した。
    「痛いっ、あいたたた、あんたたち!なんなのよ、もう仲ちゃーん。」
    ヌリカベも、言葉をしゃべった。
    ヌリカベは、今年始めに東京へ嫁に行った、仲ちゃんの一番上の姉ちゃんだった。


    仲ちゃんはあいつの最後の鳴き声を憶えていない。
    その姿かたちも、ようよう思い出せない。
    目に焼きついているのは、真っ白いメンタマの、意外にきれいな眼差しだけだ。
    あいつのことは黙っていたから、姉にも父母にも、さほど厳しくは叱られなかった。
    2年生の担任の先生は、やさしい女先生で、宿題を1週間待ってくれた。
    次の日曜日の真っ昼間、二人はおろるおそる、また天神様に行ってみたが、
    そのときはもう、リンも燃えていなければ、池にはあいつの痕跡も無かった。
    キクオちゃんが天神様にお供えしたキュウリが、干乾びて扉の前に転がっていた。
    変わったことと言えばただ キュウリがパックリ半分になっていた それだけだ。

    (「天神様」はおわり)
    昔がたり 昭和初期 小学生仲ちゃんの話。
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    【追記】
    本文に添付した写真は、
    数年前に仲ちゃんといっしょに行った蛇池の景色です。
    この滝の反対側を見ると、美しい蓮が一面に咲いて、
    渡る風は涼しく、まさに極楽浄土のながめ。
    ↓おまけの写真です。お口(耳?目?)直しにどうぞ。
    蛇池

    蛇池

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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2012'09.03 (月)

    仲ちゃんの話-制作裏話なんちゃって(2)

    ヒャクニチソウ仲ちゃんの話、いかがでしょうか。
    昔がたりが始まると
    なぜか反応がぐぐっと減りますね~。
    わかりにくいところを指摘していただければ、
    問題のない範囲で修正したいと思います。
    少しでも上手になりたいのでよろしく、です。

    カテゴリー:昔がたり は、全部実話です。
    それなりに脚色や名称変更はしてありますが、
    本人の語る範囲を大きくはみ出してはいません。
    なにぶん現在はお年寄りなので、
    記憶相違や拡大解釈もあるかと思いますが、
    彼には個性的な友達や親戚が多いので、
    話の内容には実に事欠きませんのですよ。
    しばらくお付き合いくださいね。

    今日は、母が熱を出して、おかゆを作ったり、
    いろいろ予定外のことが重なりましたので、
    仲ちゃんの話はお休みです。
    似合う挿絵が出来ませんでしたので。
    明日をどうぞお楽しみに。なんちゃって。
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2012'09.02 (日)

    仲ちゃんの話-天神様(3)

    クラガリ身の毛がよだつ とはこのこと。
    足の裏から髪の先まで電気が走り抜けた。
    キクオちゃんの様子を伺うなんて、仲ちゃんには
    もうとっくにそんな余裕は無かったが、
    隣でやっぱり凍りついているのがわかる。

    そいつは黒っぽい顔をしていた。
    小さい池の向こう側だから、
    たいして離れた距離じゃない。
    なのにどうしてかよく見えない。
    夕暮れどき薄暗がりに、黒くて痩せたそのナニカ。
    他に似たものを見たことがないから、
    例えようもわからない。
    低く身を起したその姿から
    ブラブラぶら下がったものやら、ボタボタ滴るものやら、
    あんまり綺麗なものじゃないのは確かだった。
    大きな目玉がこっちを凝視している。

    ややしばらくにらみ合って、仲ちゃんはふと気がついた。
    (襲ってはこないのか)
    すると「ナカチャーーーン」と小さな声がした。
    すぐそこにいるのに、十万億土から聞こえてくるような遠い声だった。
    それは女の声だった。
    (え?なんでオレの名前知ってんだ?)

    仲ちゃんは、まだ女を泣かした覚えはない。
    いや、隣の席の大きなカズコを1学期に泣かしたかも知れない。
    待てよ、3歳で亡くなったというすぐ上の姉じゃなかろうか。
    そもそもなんで3歳で亡くなったのか聞いてないぞ。

    緊急事態が発生すると、誰しも瞬時にいろんな思いが頭をめぐる。
    小学校2年生の男の子なりに、それまでの人生経験の総動員だ。

    ぎょろりと大きな目玉の、でも白目が真っ白できれいな気がした。
    他の部分については、どうしても記憶に残っていない。
    それほど真っ白で、きれいな白目だった。

    (つづく)
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2012'09.01 (土)

    仲ちゃんの話-天神様(2)

    クロアゲハ段をあがりきったところには、対の石燈籠。
    滝のように、オーシンツクツクが鳴いている。
    天神様の鈴を鳴らすと意外に派手な音がして、
    仲ちゃんはギクッとなった。
    キクオちゃんが手に持ったキュウリを扉の前に置く。
    二人は真顔を見合わせて、小さい社の裏に向かった。
    まだ日が高いのに ひんやりとした 天神様の裏。

    ヒトダマが 普通に 燃えている。




    昭和初期、火葬ではなく土葬が主流の時代。ヒトダマはそう珍しいものではなかった。
    動物の死骸からは、分解の過程でリンが出て発光する。ただ それだけの現象だ。
    柳の下の幽霊も、柳の葉からこぼれるリンが、風にそよいで発光するもので、
    人の心に潜む悔いや恐怖の感情が、それを知り人の幽霊に見せる。
    だから。女を泣かせてはいけないと上の兄さんに教わった。

    二人はやぶ蚊に刺されながら、崖の途中で盛んに静かに
    燃えるヒトダマを見つめ、身体を潜めて時間が過ぎるのを待った。
    秋の日はつるべ落とし。
    逢う魔が時(おうまがとき)が迫ってくる。
    雨がポツリと落ちてきて、何かが身を起す気配がした。

    (つづく)
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    【追記】
    あ~あ、明日から新学期だのに、宿題はどうするの?仲ちゃん。
    それに、天神様になんで…キュウリのお供え物なの?
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2012'08.31 (金)

    仲ちゃんの話-天神様(1)

    夏休み最後の1日の焦燥感って、皆さん覚えがありますでしょう?
    今年もとうとう、あと2日になりましたねぇ。
    宿題をがんばっているかな?子どもたち。
    クローバーライン
    話は少しさかのぼって、小学校2年生の
    仲(ナカ)ちゃん、夏休み最終日の午後のこと。
    家業の下駄屋のハナレで、冷やしキュウリをかじりながら、
    一人突貫工事で宿題をがんばっているところへ
    仲良しのキクオちゃんが、裏木戸からひょっこり顔を出した。
    で、引っ込んだ。

    そうなると、当然じっとしていられない まだ2年生の男の子。
    腰を浮かせて、無花果の木の向こうの板塀の、板の隙間をじっと見つめる。
    キクオちゃんの手にもキュウリがあるのがわかった。
    「キクオちゃん。」
    「仲ちゃん、ヒトダマ見に行こう。」
    イチジク  イチジク
    天神様は、お盆に肝試しをやったお寺の、崖の下にある。
    崩れかけた崖から、古い瓶棺がむき出しになっていて、ときどきリンが燃える、
    その崖を背負って天神様が建っている。
    崖の途中からは清水がしみ出て、天神様の裏に小さな池を作っていた。

    流れ出る川のない池。
    お寺では毎日、お坊さんが読経している。
    小さな天神様は縁日にしか開かない。
    迷い出てくるとしたら、こっちだろう。
    依り代になる銀杏の大木もある。人目も少ない。
    肝試しは、お寺ではなくてこっちでするべきかもしれない。

    雀の子を追いかける猫のように 走ってきた二人。
    天神様の鳥居から、日に照らされた白い石段を見上げると、
    社のうしろの鬱蒼とした崖の向こうには、濃く青い空、
    台風のちぎれ雲が、黒く逃げるように飛んで行くのが見えた。

    (つづく)
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    昔がたり-仲ちゃんの話

    2012'04.15 (日)

    仲ちゃんの話-七軒町(5)

    昨年の春は、震災のため各地の桜祭が中止になりましたね。この町でもそうでした。
    桜は毎年変わらず咲き続けるでしょう。現在過去未来、人の営みを見つめ続けて。

    クローバーライン

    桜祭昔は今より寒かったから、
    桜祭は4月1日から15日と決まっていた。
    仲ちゃんの父は、この町の
    一等大通りに店を構える下駄屋の主人だ。
    ある日、料亭 鶴屋での商工会の会合に出かけ、
    その夜は酒の匂いをさせながら帰ってくると
    「桜祭は中止だ。」とひとこと言うなり、
    掻巻を引っかぶって寝ちまった。

    シナ事変から数年経ち、
    世は戦時体制に入りかけていた。

      軍人は桜が好きだ。
      こんなご時勢にも鶴屋が繁盛しているのは、
      県内でも指折りの桜の名所 鶴池をのぞむ絶景の座敷と、歌舞音曲や喧騒が
      習志野の陸軍司令部の耳に届かない、絶妙な距離のおかげでもある。
      大都市からのこの中途半端な隔絶感が、地方経済をグローバル化から守り、
      土地の産業に工夫の余地を残し、地元庶民に生きる糧を与えて来もした。

      鶴屋は、創業明治18年。鶴池の畔にある老舗料亭旅館だ。
      田舎なりに歴史もある土地柄、町の旦那衆もそこそこ豊かで、料亭も潤っていた。
      鶴屋の座敷には、宴席の主の経済力を頼みチャンスを求めて芸術家が群がり、
      ここに地方文化の花も咲く。桜祭の賑わいを当て込んでいる人々は、あまた居る。
      だのに。

    桜祭は中止だと。
    征太郎姐さんの特別誂えの桐下駄も、鶴池に飾りつけた提灯も、無駄になっちまったな。
    公会堂の庭のサーカスも、とうとうかからなかったし。あ~ぁおもしろくねぇ。

    末っ子の仲ちゃんには、父の気持ちが痛いほどわかった。
    踏み台の穴に はたきの柄を突っ込み、ぐるぐる回しながら
    蓄音機の浪花節の真似を、回転を上げたり落としたりして おどけて見せる。
    母も姉も兄たちも、腹を抱えてげらげら笑い転げた。父もつられて笑いだした。
    そう、笑っていれば花は咲く。祭がなくても桜は咲くのだ。
    そうして仲ちゃんの春休みは、小規模な戦争ごっこと、下駄磨きで終わった。

    数日後の朝のことだ。
    兄のお下がりの斜めかばんを肩にかけ、
    裏木戸から七間町通りに出て振り返ると、
    征太郎姐さんがお稲荷さんを拝んでいるのが見えた。
    姐さんは笑っていた。斜め後ろには若い軍人さんがひとり。
    ほら、やっぱり笑っていれば桜は咲くだろう?
    今日から新学期。仲ちゃんは小学校3年生になる。

    クローバーライン

    この数年後には、アメリカ軍の本土上陸に備えて
    千葉連隊区第26歩兵師団(通称:本土防衛26部隊 ホンドボウエイ ニイロクブタイ)
    が九十九里地方に展開し、この町も兵隊や軍人でいっぱいになる。
    仲ちゃんの曽祖父「仲太郎」の親が、ちょっとは名の知れた医者だった関係で、
    仲ちゃんの家の2階にも、温厚な軍医が一人住むことになる。
    が、それはまた後の話。
    まだ戦況差し迫っていないこの頃は、偉い軍人さんや、東京の大店の旦那が、
    鶴池のような地方の遊行地にも、まだまだ繰り出してきたものだ。
    征太郎姐さんや半玉のポンタさんが活躍できる時代は、まだもう少し続く。


    (「七軒町」はおわり)
    昔がたり 昭和初期 小学生仲ちゃんの話。
    通常の記事更新の合間に、ゆっくり書いて行こうと思います。
    仲ちゃんの話はまだ続きます。のんびりお付き合いください。

    前後の話は、カテゴリ「昔がたり」でまとめて読めます
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